高いユーザビリティで「ものがたりの世界」を支えるロールスクリーン
2023年11月、東京・江戸川区にオープンした「魔法の文学館」。館内に入るとテーマカラーの“いちご色”が一面に広がっている
公共施設や店舗において、ロールスクリーンやブラインドといった窓まわりアイテムは、空間デザインだけではなく、空間の快適性にも大きな影響を及ぼす存在だ。2023年11月、東京・江戸川区にオープンした「魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)」では、意匠面でも機能面でも、デザインコンセプトにフィットしたニチベイのロールスクリーン「ソフィー」が採用されている。今回は、同館の設計を手掛けた隈研吾建築都市設計事務所の鈴木里奈さん、成澤佳佑さんに、プロジェクトの経緯や「ソフィー」を採用した理由について話を聞いた。
作家の世界観を体現した“いちご色”の空間
文学館の外観はニュートラルな白色。窓から見える館内のいちご色がアクセントとなっている
「魔法の文学館は、児童文学の名作「魔女の宅急便」の原作者として知られる角野栄子先生の功績を伝えていくことを目的に、角野先生が幼少期から20代までを過ごした東京・江戸川区の旧江戸川沿いに計画されました。
このプロジェクトは、計画地である「なぎさ公園」において、その豊かな緑や花々、樹木のある景観を生かしたランドスケープと調和し、公園内の動線が文学館につながるように計画されました。隈研吾建築都市設計事務所では、文学館の建築設計に携わるにあたり、必然的に周辺環境を取り込んだ空間づくりを目指しました。」(鈴木さん)
高さや大きさが異なる“いちご色”の窓がリズミカルに配置される
「文学館の建築計画では、当初から大きく2つのテーマがありました。一つは、作家として世界中を巡り、作品の中でさまざまな都市を描いてきた角野先生らしさを表現するために、館内に作品の情景を表現することです。特に1階では、「魔女の宅急便」の舞台「コリコの町」の世界をつくり、作品に登場するキャラクター達と出会えるプロジェクションマッピングや視覚トリックなどが楽しめる小窓など、ただ本に触れるだけでなく、館内に足を踏み入れた瞬間に、世界観に引き込まれるような空間を目指しました。
そして、もう一つのテーマが、空間全体にわたって用いられている“いちご色”のインテリアです。この色でご自宅も彩られるほど、角野先生はお気に入りで、文学館のテーマカラーにもと望まれました。外観の白色とは対照的な色づかいは、館内の印象をより鮮明なものとしています。また、窓から見える室内のいちご色は、春になると敷地内にある桜の淡いピンク色と呼応し、「フラワールーフ」と名付けた花びらをイメージした屋根を持つ文学館が、景観と調和する大切な要素となっています。」(鈴木さん)
館内で用いたいちご色の塗装は、すべて同じ色味ではなく、場所によって調色しているのだとか。「空間全体を同じ色調で統一するにあたり、いちご色は印象的である一方、空間の奥行きや広がりを感じにくくなる可能性があったため、明度を使い分け、立体感を感じる陰影を生み出しています。また、一部の間接照明を当社で良く用いる色温度の3000Kではなく、3500Kと少し高めに設定することで、同じ色調の空間でもメリハリが出るよう工夫しました。この他にも、床に用いたオーク材のフローリングは、いちご色の空間に落とし込んだ際、黄色が強く感じられるため、染色を施して空間に調和させています。」(成澤さん)
1階と2階をつなぐ大階段から見える「コリコの町」。作品の世界に浸り、物語をじっくり楽しめる
建築家のアイデアに応えるバリエーション
開口部は景観を絵画に見立てたピクチャーウインドウとしてデザインされている
「空間全体をいちご色に仕上げていく上でポイントとなったのが、開口部のロールスクリーン選びでした。文学館は、江戸川区のなかでも高さのある丘の上にあり、そこからの眺望も魅力の一つです。なぎさ公園の景観を感じながら読書ができる開放的な場をつくるために、各所にピクチャーウィンドウを設けました。それらの開口部から入る陽の光のコントロールを自在に叶えながら、世界観に馴染むスクリーンを探しました。」
1階のレセプションとショップ。大きな開口部を持つエリアでは、スタッフの手間を軽減できる電動式のロールスクリーンが採用された
3階のカフェエリアにも電動式を採用。飲食スペースにぴったりな清潔感のある白色の生地を通し、四季折々に変化する旧江戸川の眺望を楽しめる
「複数のメーカーのロールスクリーンを比べるなかで、ニチベイの『ソフィー』を採用した最大の理由は、その色です。ピンクや赤といった色だけでも豊富なバリエーションがあったので、テーマにあった色を見つけることができ、すぐにサンプルを取り寄せました。生地はポリエステルを用いた防炎素材ながらも、コットンのような自然な織りを感じられ、ふんわり光を透過してくれるものを選びました。程良い光の透け感が、室内の世界観を損なうことなく、穏やかに外との繋がりを生み出してくれます。
また、大人から子どもまでさまざまな人が訪れる公共施設として、使いやすさも重要なポイントでした。1階のエントランスや3階のカフェなどの天井高があるエリアでは、館内スタッフの手間を減らせるよう、手元の操作スイッチで複数台のスクリーンの高さを調整できる電動式を選びました。特に1階エントランスは、眩しい西日を遮るのはもちろん、展示物などが飾られることもあるため、少ない動作でスクリーンの高さを調節できるのは、館内スタッフから便利だと重宝されています。一方で、ライブラリーのピクチャーウインドウには、手動のチェーン式を選びました。特に窓際の読書スペースでは、落ち着いて本を読んだり、外を眺めたり、それぞれが思い思いに過ごせるよう、誰もが直観的に操作できるチェーン式が最適です。」(鈴木さん)
「ロールスクリーンを始めとする、開口部まわりの建材は、建築プロジェクトの後半に決まることが多いものです。商品設置スペースの条件は、一プロジェクト毎に異なり、特に公共事業では建築コストを調整するにあたって、建材の色を特注することが難しい場合があります。メーカーの既製品で、空間のデザインコンセプトに合わせて選べる多彩なバリエーションがあるのはとても助かります。」(成澤さん)
1階のレセプションとショップ。大きな開口部を持つエリアでは、スタッフの手間を軽減できる電動式のロールスクリーンが採用された
「今回採用したロールスクリーンは、その色で空間の統一感を演出しながら、外から窓を見た時に、意匠的な個性も感じさせてくれます。また、内部からの景色のコントロールだけでなく、スクリーンを通した光、そこへ落ちる樹木の影など、内外にさまざまな表情を生み出し、文学館の魅力を高める重要なエレメントの一つになっています。」(鈴木さん)
大人も子どもも心ときめく世界観をつくりだすカラーラインアップや、館内で働くスタッフのことを思う使いやすさは、ニチベイの時代にあわせたトレンドの取り入れや長年培った技術の賜物だ。今後さらに多様化していくだろう建築物をますます支える存在になっていくはずだ。
撮影/大崎晶子
この記事は、商店建築社が運営するウェブメディアid+(インテリア デザイン プラス)に掲載された原稿を再構成したものです。